森に囲まれた1180㎡の敷地に、たった2席だけの歯科を計画した。
福岡県糸島市、ここは福岡市に程近い立地でありながら、豊かな自然に恵まれた福岡でも特に人気のエリアである。敷地は、その中でもとりわけ海に近く森に囲まれた環境にあった。およそ商業には向かない立地と、にわかに信じ難い収益席数の中、それでもこの地で開院しようとする施主の決意と意思に共感し、この大らかな環境に真にふさわしい空間の有り様を思考した。
敷地周囲には、クヌギをはじめとした雑木林が生い茂り、その中に様式の異なる2棟の木造住宅が向かい合って建っていた。この既存の2棟の1つを歯科に、もう1つを院内カフェに改修し、双方を屋内としてつなぎ、同時に外部と連続していくホールを増築した。
ホールは、待合であり、風除室であり、コンサート会場であり、プレイルームであり、そして誰もが気ままに利用し寛ぐことのできるリビングである。ここでは月に1度、音楽コンサートが開かれ、季節の良い日は、特注の木製引戸を開放することで庭と一体的に使用できる。このように、ホールは特定の機能や用途を持たず、隣接する歯科やカフェ、中庭やアプローチとの間にゆるやかな関係性を築く触媒として存在する。
この軽快なホールの実現にあたり、構造では、内部に壁を設けないことを特に重視した。既存の2棟を梁で連結し、各々独立していた構造物を一体とすることで、水平荷重をすべて既存側で処理することが可能となった。一方、歯科棟は、天井解体後の木造トラスが美しく、大らかな診療空間とする為に、構造を表し屋根裏を見せる造りとしている。
いとの森の歯科室は、従来のクリニックが発想し得なかった、プリミティブな人の居場所の必要性を直感し、構想し、計画した点で新しい。地域に開かれ、恵まれた環境と最高のおもてなしが迎えてくれる、ホスピタリティ溢れる医療行為の理想の姿が、この場所にはある。
福岡県糸島市