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設計では、配置、構成、構造、工法の率直かつ合理的な追求を軸とし、そこから自然とにじむ湧き水のような固有性を見つけ、育むことで、この状況特有の豊かさの蒸留を試みた。構成は、①敷地の安心・安全を担保する崖下側の擁壁、②崖上側の防護壁、③防護壁・車庫・防音室を兼ねたRC造の離れ、④2階建の木造の母屋、の4要素が、それぞれ構造的に分離し並立する形式を採っている。これは施工性や確認申請、コストを考慮した結果であるが、各間のズレや狭間が独自の関係性を生んでいる。さらに、崖や各構造物を含む周辺環境全体を一連のシークエンス(移動を伴う場の連なり)として捉え、アプローチを「登山口」、屋内を「登山道」、屋上を「山頂」に見立てることで、崖地の宿命である高低差を体験的な価値へと転換した。暮らしの中の移動行為そのものが、変化を楽しむ山登りに似た体験となる。
木造の母屋内部では、通常無駄とされがちな「廊下」を再解釈し、非居室でありながら住まいの要となる新たな質を持つ空間として再設計した。長辺いっぱいに設けた吹抜空間【ライトコリドー】は、上下階を動線や気配により繋ぐだけでなく、光や風、空、緑等の自然要素、崖というネガな敷地環境や土木的な防護壁までをも内部に引き寄せる。240角の通し柱とキャンチレバーにより構造を排した全面ガラスのカーテンウォール、ガラス越しにインテリア化する防護壁、荒々しい屋久島地杉の内装壁、個室扉の存在感を極限まで消したディテール等、様々な工夫により屋内でありながら屋外的な空間となっている。ワンルームの2階LDKでは、ライトコリドーを介し、崖・内部・眺望が視覚的に連続する抜けのある空間を設計した。崖側は、将来防護壁越しに成長した植栽が顔を出し、崖も緑に覆われ、美しい風景となる予定である。
以上、崖地という環境の特殊性に加え、前面道路の狭さ、風致地区による建ぺい率の制限、みどり率、外壁後退、各種斜線制限、さらに計画中に到来した新型コロナによる社会不安、建材高騰の煽りを受けつつ、各種要望を満たしていく作業は容易ではなく、結果的に構想から完成までに4年の歳月を要した。
福岡県福岡市