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ブルーノ・ムナーリ展

2018.09.06 /

先月会期を終えたブルーノ・ムナーリ展。
終わってしまってから記事を書くのもと思いつつも、本当に素晴らしい展示だったので忘備録として残しておこうと思います。

氏に関する個人的な事前知識と言えば、シンプルで美しく愛嬌のある数々の絵本と、氏がハーヴァードで行った講義を記録した本『デザインとヴィジュアル・コミュニケーション』しかありませんでした。
これはコミュニケーションを前提とする様々なデザインコードやパターン、その生成論、実験などを綴った学術本ですが、『絵本』のイメージとのギャップが激しく、その振れ幅故に、この人は一体何者なのだろうかと当時疑問が尽きませんでした。

時系列に並べられた展示は実に明快。
『役に立たない機械』からはじまる、氏の鋭い探究心と思想の振れ幅、そして最終的に至る『こども』への視座は、実に軽やかでどこまでも誠実であるように感じました。
例えば、絵画や彫刻に時間軸を与えてみたり、最新のデジタル技術もすぐさま逆手に取ってしまったり、芸術界のルールやコードをわざとずらして見せたり、晩年、ワークショップを通し、大人よりもこども達のためにその持てる思想の伝達を行ったり。
彼は、『芸術』といものを学術的に閉ざされた世界から引き離し、純粋な『表現することの楽しさ』や『自由』を教えてくれたのではないかと思います。結局のところ、ブルーノ・ムナーリとは何者であったのだろうか。偉大な美術家、思想家、デザイナー、教育者、、肩書きで捉えようとしてもとても1つの肩書きでは捉える事ができません。

話は逸れますが、本来、建築家という人種もこのように多岐にわたる人間でした。産業の分業化、専門化は資本主義にとって確かに一定数必要ではあるのかもしれません。しかしながら、要求が多様化している現代において、ムナーリが示してくれたように問題解決の方法自体を柔軟かつ多角的に俯瞰し、クリエイションできる人材は今後より必要とされると考えています(そのような人材が今後少なくなっていく気がする為でもある)。自分だけの様々な経験や思想を幾重にも積み重ね、感度を広げ、他人やAIにはできない何かを少しずつ育むことの重要性を改めて強く感じます。そして『建築』という経験は、きっとその基礎づくりに役立つとも。そういう意味で、アトリエ事務所も捨てたものではなく、建築を学ぶ学生のみなさまには是非がんばってほしいと思います。

個人的に閉塞感を感じている現代の建築やデザインの実情において、日頃考えていることに繋がるとても励まされる展示でした。