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KOSUKE ARIYOSHI

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論考:余白の可能性とマイクロソーシャルウェルフェアという考え方

2022.12.19 /



はっぱ歯科のテキストと自撮りしたものですがディテール写真を数枚追加しました。ぜひご高覧ください(こちら)。久しぶりにというか、せっかくのブログスペースが最近は業務連絡ばかりになっていましたので、散文ですが、プロジェクトを通しての所感というか気づいたことを少し文字にしてみようと思います。論考というと大げさですが、少し考えをまとめておきたかったということです。

この歯科の最もユニークなところは、私設の歯科がわざわざ貴重な床面積を割いて、本来の目的や利益と直結しない多目的に使える市民ギャラリーを設けた点だ。自身の権利を自分のためだけに使うのではなく、広く地域に開く選択をしたクライアントに敬意を表する。ウィズコロナとも言われるこれからの実店舗はその意義を根本から考え直す必要があり、それは歯科も同様である。

人々の幸福に資する公共的な場やサービスを社会福祉だとすると、社会福祉活動は一般的には公共や余力のある大企業などが行うものというイメージであろう。しかしこのはっぱ歯科のように、「Micro Social Welfare(マイクロソーシャルウェルフェア=微小な社会福祉。以後MSWと表記)」とでもいうような、個人や小さな事業体に端を発する小さな場や活動に可能性を感じている。MSWでは、基本的には個人的な思想や楽しみ、満足から自然とはじまることが重要(というより、それくらいの心持ちで良いのだという考え)だと考えている。なぜなら小さく気負わず始めることができ、個性や多様性が生まれやすく、改善も早くでき、ゆえに変化に強く、質を高めやすいなど、公共や大企業が苦手とする点を見事に網羅し得るからだ。個人的にはじめたことや生まれた場が結果的に他者の幸福につながった時、それは微小だが立派な一つの社会福祉と言える。ポイントは、社会福祉と言いつつも必ずしも倫理観や使命感が先立つ必要や、そもそも意識として無くてもよい点である。むしろそういった側面を当事者が意識しなくても(しても)良いことが、前述した理由で利点となる。また、社会福祉とはそもそも人々の幸せの為にあるもので、社会福祉という行為自体がその目的に反するものとなったりハードルを上げてしまっては本末転倒であるという理屈から考えると、MSWは非常に合理的である。つまり、究極的にMSWは目的ではなく、結果であることが重要なのだ。今回はっぱ歯科が設けた多目的市民ギャラリー(もっとふさわしい言葉があるように思うけれど)は、その意味でまさにMSWにつながる場をつくり得たと言えるだろう。



マイクロソーシャルウェルフェア(MSW)という視点で自身を振り返ってみると、2016年の住宅処女作でもある「ちいさな家」ですでにその考えが反映されていることに気づく。ちいさな家では、狭小地の中リビングを排除してまで住宅規模に比して広い多目的な土間スペースを設けている。ここは仕事場や図書室、商店やイベント、テナント利用など様々な使途を想定した余白として計画された場であるが、本当の豊かさとはその余白の部分にこそあるのだろうと当時から考えていた。床面積のちいさな住まいでも、あえて豊かな余白を計画することで豊かな住まいがつくれると考えたわけだ。今になって思うのは、その余白はMSWスペース予備軍(ダサいネーミングはさておき)、すなわち余白ストックの形成に繋がる重要な考え方なのではないか、ということ。なぜなら空間の余白自体が住まい手の創造性を刺激し新たな意欲を生み出したり(例えばサラリーマンが商店をやりたくなるかもしれない)、将来的に建物の所有者自体が変わっていくことも想定すると、既存の空間が社会福祉に寄与する使われ方へと変容する可能性は十分にある。もちろん今までのように大胆なリノベーションやコンバージョンで構造や用途そのものを変えてしまえば変化への対応は容易であるが、そもそも新築の状態から何も改修せずともある程度の変化を許容できる器として建築が存在した場合、改修による環境負荷をより抑えることができ、それが仮に商店のようなものであった場合は資本を抑えられることでスタートアップも容易となる。人口減少や環境負荷など何かと新築が向かい風となっている現代ではあるが、新築が無くなるわけではない以上新築の在り様そのものをもっと議論する声があってもよい。余白の設計は、その一つの考え方である。それは単にフリースペースを設ければよいということではないということだけは強調しておきたいが、余白についての掘り下げはまた別の機会でまとめたいと思う。最後に一点だけ、余白は日々の暮らしのあらゆるシーンに纏わりつくものなのだと考えている点だけ付け加えておきたい。

■はっぱ歯科
https://notequal.jp/project/3324

■ちいさな家
https://notequal.jp/project/711

子どもが生まれました

2022.10.25 /

この度、お父さんという重役に着任することとなりました。子が生まれてきたときのイメージトレーニングは念入りにしてきたつもりでしたが、現実はまったくそれとは異なり「わがこ可愛いメーター」が振り切れんばかりです。冷静を装いつつ、対応していきたいと思います。

動的平衡

2022.06.06 /


生物学者・福岡伸一さんの名著〈動的平衡〉シリーズをようやく(少ーしずつ読み進めて本当にようやく)読み終えることができました。動的平衡/2009、動的平衡2/2011、動的平衡ダイアローグ/2014とご覧の通り決して新しい本ではないことがお分かりかと思いますが、今読んでも少しも古くなく、示唆に富む大変に刺激的な内容なので、是非おすすめしたい書籍の一つです。ちなみに2017年には動的平衡3が出版されていますが、それはまだ読んでいないので割愛させて頂きます。あえて内容には触れませんが、現代の様々な風潮に対する警報であり、アンチテーゼであり、しかしそれが科学的であり、それらが紳士的かつ平易な言葉で整理されています。ご興味ありましたら、ぜひ。

建築と時間と妹島和世

2021.11.23 /

ずっと気になっていたホンマタカシさんによる映像作品。被写体は世界的な建築家・妹島和世さん。建築というより人にフォーカスしたドキュメンタリーに近い映像です。妹島さんの最新作、大阪芸術大学アートサイエンス学科新校舎をめぐるコンペからはじまり、建築家の思考の一部を頼りに最終案に至る経緯や、建築関係者であれば周知のことですが、膨大な情報量を扱う建築設計の延々と修正を重ねる超アナログ的なものづくりの実態というか、真実というか、裏側というか、そういう膨大なエネルギーが淡々とした映像の中でさらりとトリミングされています。決して説明的でないところというか、生っぽいようで僅かに編集されているというか、作為を限りなく押さえつつ作為があるというか、まぁそれを表現と呼ぶのでしょうけど、そのあたりがホンマさんらしくて良いなと僕は思いました。深読みかもしれないけど、映像の独特の間というかトリミングというか、なんだか妹島さんの建築とリンクしているような印象を受けました。本作は建築家のキャリアや哲学を知るための映像では無いので、妹島さんのことをすでにある程度知っている方やホンマさんのファンの方におすすめの映像作品です。